青森県の中央部に位置し、南部に八甲田山を、北部に青森湾を望みます。1889年に市制施行し、市街地は青森平野の大半を占め、野内川・堤川・沖館川が貫流している風光明媚な土地です。本州最北端の県都で、鉄道では東北本線・奥羽本線、道路では東北自動車道のそれぞれ終点となっています。また、津軽半島の北端に伸びる津軽線の始点でもあり、本州と北海道を結ぶ重要なターミナルとなっています。産業の中心は商業で、中小規模の商店が多いのが特徴です。毎年8月には「ねぶた祭り」で賑わいます。
市の花:ハマナスノハナ
市の木:アオモリトドマツ
市の鳥:フクロウ
国際友好・姉妹都市:韓国・平澤市、ハンガリー・ケチケメート市、中国・大連市
棟方志功記念館、青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸、昭和大仏・青龍寺、浅虫水族館、浪岡城跡、青森市中世の館、青森県観光物産館アスパム、ねぶたの里、八甲田憩いの牧場、合浦公園
リンゴ、カシス、タケノコ、ホタテ、ホヤ、みず漬け、ニシンの飯ずし、津軽びいどろ、津軽塗、こぎん刺し
室町時代、南部の浪岡地方は北畠氏の子孫が移り住み、浪岡城を拠点としてこの地に勢力を奮っていました。その後、羽州街道の宿場町として栄え、多くの人や物資が行き交いました。一方、市の中央から北部は江戸時代初期まで寒村でしたが、弘前藩二代藩主・津軽信枚によりこの地に港が造営されました。当時は漁師たちが青森と呼ぶ小さな丘があったので、藩は青森村と命名しました。あわせて、土地の無償提供や免税など移住奨励策を積極的に実施したため、各地から商人が集まり、地域を代表する商港にまで成長。青森市全域が徐々に活性化していきます。明治初期には県庁が弘前から移され、県の政治・経済の中心地となりました。その後、北海道開拓使により函館間で定期航路が設置された他、東北線上野や奥羽線弘前との間で鉄道も開通し、交通の要所となりました。第二次世界大戦末期には空襲により市街地の9割が消失するという悲劇に見舞われましたが復興を図り、周辺の町村との編入・合併を進め、市域を拡大しました。
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