岩手県の内陸部に位置し、1889年に市制施行されました。県庁所在地では、第二次世界大戦による戦災被害の少ない都市で、古くからの町並みが現存しています。南部鉄器や木工品などの伝統技術が受け継がれる他、国の天然記念物に指定されている「石割桜」や、国の重要文化財に指定されている旧中村家の邸宅など観光資源が豊富で、観光都市としての賑わいを見せます。また、盛岡駅前を中心に、商工業都市としての機能整備も積極的に進められています。
市の花:カキツバタ
市の木:カツラ
市の鳥:セキレイ
国際友好・姉妹都市:カナダ・ビクトリア市
石割桜、報恩寺、五百羅漢、岩手銀行・中野橋支店、盛岡手づくり村、先人記念館、盛岡市中央公民館、盛岡城跡、盛岡市子ども科学館、もりおか啄木・賢治青春館
南部鉄器、南部古代型染、チャグチャグ馬コ、こけし、南部せんべい、わんこそば、盛岡じゃじゃ麺、盛岡冷麺、紫根染、浄法寺塗・秀衡塗
旧石器時代の小石川遺跡によると、すでに1万2千年前から人々の営みがあったことが認められています。8世紀頃、征夷大将軍・坂上田村麻呂により志波城が築かれ、大和政権の統治下に入ります。当時は、陸奥国最北の治府でした。その後、長期にわたって安倍氏、清原氏、奥州藤原氏らの激しい勢力争いが繰り広げられますが、鎌倉時代には幕府の統治下に入りました。南北朝時代になると、南部氏が単独でこの地を治めました。南部氏は、戦国時代に入ると青森県の三戸からこの地に移住し、35年をかけて盛岡城を築きました。盛岡という地名は、「盛(さかる)岡、栄える岡」という願いから名付けられたと言われています。その名の通り、幕末まで舟運の物資の集散地として大いに繁栄しました。江戸末期には藩政が幕府側に付いたことから、戊辰戦争後に政府直轄地となり、薩長側の支配下となります。昭和に入ると、東北新幹線や東北自動車道の開通で駅前地区の再開発が急速に進み、政治・交通・文化の拠点となる商工業都市として発展しました。
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