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牛久市のタウン情報

牛久市は茨城県の南部に位置し、北は土浦市・阿見町、南は竜ヶ崎市、東は稲敷市、西はつくば市と隣接しています。

市の北西部から南東部にかけて小野川が流れ、北部から流れる乙戸川・桂川と途中で合流しています。

豊かな自然と近代的な居住環境が調和した田園都市として、また東京都心から約50キロメートルの距離にありアクセスも良いことから、衛星都市としても機能しています。

人口は約8万1千人。

1975年(昭和50年)代頃から急激に増え、現在も増加傾向にあります。

朝夕の駅は通勤する人たちや学生で賑わい、駅周辺エリアは大型店舗や中小の商店が軒を重ねる商業地として、多くの市民が足を運んでいます。

また農業が盛んで、この地で生産される落花生やスイカは市の特産品にもなっています。

鉄道は東京都荒川区から宮城県岩沼市までを結ぶJR常磐線が走っています。

市内を巡るコミュニティバスも運行されており、道路では国道6・408号線が幹線道路となっています

牛久市

市の位置

牛久市の位置
都市イメージ

歴史

平安時代には水戸から陸前に至る街道に沿って集落が形成され、人々が生活を営むようになりました。

しかし、この地を支配していた岡見氏が小田氏と共に小田原北条氏と対立したことにより、度々戦火に見舞われます。

戦国時代末期に岡見氏は小田原北上氏に従属しましたが、そのあとは豊臣秀吉の小田原征伐の命で赴いた佐竹氏や多賀谷氏が一帯を統治するようになりました。

江戸時代には山口氏が牛久藩を治め、明治維新を迎えるまで代々藩主を務めました。

この頃には、水戸城下と江戸を結ぶ水戸街道に宿場町が形成され、多くの人や物資が行き交うようになります。

1889年(明治22年)には町村制度が実施され、牛久村、岡田村、奥野村が成立します。

そして1896年(明治29年)に牛久村と岡田村が合併し、牛久町が誕生。

その翌年には奥野村とも合併しました。

牛久市制を施行したのは1986年(昭和61年)。

茨城県で19番目の市としてスタートしました。

現在はベッドタウンとしての整備を図りながら、雇用機会の拡充や子育て支援など住民のための取り組みに尽力しています。

市の有名人(出身者)

小川芋銭・山本文彦(画家)、住井すゑ(作家)、一色邦彦(彫刻)、小林孝至(レスリング)、稀勢の里(相撲)、庭田清美(トライアスロン) 等

日本一

  • シャトーカミヤ(日本最初のワイン醸造場・重要文化財)
  • 牛久大仏(世界最大120mの青銅製の立像大仏)

観光名所・人気スポット

シャトーカミヤ牛久
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特産品・酒

落花生、西瓜、大根、河童米、小菊、淡水真珠/牛久ワイン、地ビール

上場企業

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