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佐野市

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佐野市のタウン情報

佐野市は栃木県の南西部、東京からは70キロメートル圏内に位置しています。

市の北部から北東部及び北西部は、緑豊かな中山間地となっており、南部・西部は、住宅や産業基盤が集積する都市部になっています。

市内には唐沢山や『万葉集』にも詠まれた三毳山、日本名水百選にも選ばれた出流原弁天池湧水をはじめとする美しい自然に恵まれています。

産業では、古くから鋳物の生産が盛んでしたが、現在はこの技術を活かし、美術工芸品や産業機械部品などが作られています。

また、佐野縮(さのちぢみ)発祥の地としても知られ、現在も各種織物業は市を代表する産業になっています。

その他、市の北部には石灰岩地帯が広がっており、ドロマイトの生産は全国の約9割を占めます。

鉄道は栃木県小山市から群馬県前橋市までを結ぶJR両毛線と、本市から群馬県館林市までを結ぶ東武鉄道の佐野線が走っています。

道路では国道50号などの他に、東北自動車道、北関東自動車道も通り、ICも立地しています。

佐野市

市の位置

佐野市の位置
都市イメージ

歴史

「佐野」の地名が記録の中で姿を現したのは平安時代。

荘園名に「佐野庄」と付けられたことに始まります。

その後、佐野庄は藤原秀郷の子孫と称する藤姓足利氏(のちの佐野氏)によって治められました。

佐野一族は南北朝時代に南朝方と北朝方に分裂し、同族同士で対立することになりますが、やがて北朝方についた一族がこの地域を支配します。

佐野氏の所領は、戦国時代末期には唐沢山城を拠点にそれ以降も続きました。

その時代が終わりを告げるのは江戸時代の初頭。

当時の城主・佐野信吉が幕府から移城を命じられ、さらに所領も没収されことで幕を下ろします。

明治時代の廃藩置県に伴い、一時期は彦根県や佐野県ができましたが、4ヵ月後には、佐野の地は栃木県に編入されます。

そして1889年(明治22年)佐野市が誕生しました。

2005年(平成17年)には隣接する田沼町、葛生町と合併し、新たなスタートを切った佐野市。

現在は、行財政の効率化を図りながら、市民さーびすの向上に取り組むなど、市民生活の安定に力を注いでいます。

市の有名人(出身者)

田中正造(政治家)、田村耕一(陶芸家)、小堀靹音・松本哲男(日本画家)、安藤勇寿(児童画家)、ダ・カーポ(音楽家)、河口恭吾(歌手)、崎山龍男(ドラマー)、石井琢朗・戸叶尚・小関竜也・石川俊介(プロ野球)、Yumix(タレント)、増田麻美(ミス日本「海の日」) 等

日本一

  • ドロマイト生産量(全国の9割を生産)
  • 水琴窟の密集度(全国の約1割を設置)
  • クリケット女子の国際大会を日本で初めて開催(10年5月)
  • 日本列島の中心

特産品・酒

天明鋳物、羽子板、土鈴、節句人形、桐製品、和紙、いちご、梨、桃、かき菜、佐野ラーメン、大根そば、いもフライ、耳うどん/開華、愛乃澤、初戒

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