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所沢市のタウン情報

所沢市は、埼玉県の南西部に位置し、南端は柳瀬川を境に東京都と隣接しています。

日本初の飛行場が設置された場所として航空関連の施設も多く、第二次世界大戦後は「基地のまち」として発展しました。

米軍所沢通信基地を中心に公共施設や公園があり、南部の所沢駅にかけて商業施設や高層住宅が建ち並びます。

西武新宿線・池袋線が所沢駅で接続する他、東部にはJR武蔵野線が走り、東京都心部へのアクセスが至便です。

沿線を中心に多くの住宅があり、人口は30万人以上にものぼることから、埼玉県南西部の中心都市となっています。

南西部は狭山丘陵が広がり、狭山湖、西武ゆうえんちなどレジャースポットが多くあるため、家族連れなどでにぎわいます。

道路網は、国道463号線が市域を横断しており、市の東部で南北に走る関越自動車道と所沢ICで接続しています。

所沢市

市の位置

所沢市の位置
都市イメージ

歴史

旧石器時代から人々がこの地で生活をしていましたが、定住での暮らしが始まったのは縄文時代と言われています。

平安時代末期に、村山党と呼ばれる武士団が現れ、山口城や滝の城などこの地でいくつかに分かれて居を構えました。

鎌倉時代には鎌倉街道が整備され、人々が行き交うようになりますが、1333年(元弘3年)、新田義貞が率いる軍と幕府軍が小手指ヶ原でぶつかり、合戦が繰り広げられました。

戦国時代に入ると北条氏が関東一円を支配しますが、豊臣秀吉に滅ぼされ、滝の城などもこのときに落城しました。

江戸時代には丘陵地が開発され、小さな村が点在しますが、明治に入ると1889年(明治22年)の町村制施行により、所沢町をはじめ1町7村が成立しました。

1911年(明治44年)には日本初の飛行場として所沢飛行場が開設され、初飛行が行なわれました。

時代が昭和に移ると、第二次世界大戦の中、1943年(昭和18年)に所沢町・小手指村・山口村・吾妻村・松井村・富岡村が合併して所沢町となりますが、敗戦により所沢飛行場は米軍により接収を受け、軍事施設になりました。

1950年(昭和25年)に市制施行で所沢市が誕生しました。

その後、高度成長期を迎えて人口が急激に増加し、基地の利便性を高めるために道路も整備されていきます。

1971年(昭和46年)には住民運動により米軍施設の一部が返還され、跡地に公園や公共施設などが建設され、現在も市民の憩いの場となっています。

市の有名人(出身者)

三ヶ島葭子(歌人)、左卜全(俳優)、オードリー春日(芸人) 等

日本一

  • 日本一長いけやき並木
  • 航空発祥の地
  • 埼玉西武ライオンズ
  • 埼玉ブロンコス

特産品・酒

押絵羽子板・人形、狭山茶、さといも、ほうれん草、手打ちうどん、焼きだんご、所沢の米で造った酒「ゆめところ」、所沢さといも焼酎「恋も咲くところ」、所沢地ビール「野老ゴールデン」

上場企業

(株)ピックルスコーポレーション

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