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日野市

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日野市のタウン情報

東京都の中央よりやや西部に位置し、北部を多摩川、中央部を浅川がそれぞれ流れています。

市域は丘陵地、台地、低地と多様な地形で、丘陵地は住宅地、台地は工業地帯、低地は農村地帯と、それぞれの特色を活かした都市作りがされています。

交通では市の中央部をJR中央本線が南北に、また京王線が東から南にかけてそれぞれ走り、京王線とほぼ垂直に京王動物園線と多摩モノレールが通っています。

道路は国道20号線が市域を東西に横断し、近郊都市とを結んでいます。

商業施設が密集するJR日野駅周辺は市の中心街を形成していますが、JR豊田駅、京王線高幡不動駅も周辺に住宅や大学が多いことから、多くの人で賑わいます。

農業も盛んでリンゴや多摩川梨、ブドウ、トマトなどが生産されています。

日野市

市の位置

日野市の位置
都市イメージ

歴史

約5万年前から人々が住み始め、縄文時代には集落ができたとされています。

平安時代後期には武士集団がこの地を治め、荘園の開発も行なわれるようになりました。

鎌倉時代後期から戦国時代にかけて高幡高麗氏が浅川沿岸を治めましたが、後に勢力を伸ばしていた北条氏がこの地を支配するようになりました。

北条氏は多摩地区の開発を進め、1567年(永禄10年)には日野用水が開削されました。

江戸時代に移ると、甲州街道の整備に伴って日野宿が設置され、宿場町として賑わいを見せます。

また宿場周辺の村では農業が盛んに行なわれ、江戸時代中期には新田開発によって、農業生産も増大しました。

明治時代に入ると神奈川県に属し、1889年(明治22年)には町村制の施行で日野宿、桑田村、七生村が誕生しますが、1893年(明治26年)には東京府に移管され、日野宿は日野町となりました。

町村制を施行した同年には現在のJR中央本線の前身となる甲武鉄道が開通し、翌1894年(明治27年)には日野駅が設置されました。

昭和に入ると世界恐慌への打開策として企業誘致を進め、早くから経済基盤を確立しました。

1958年(昭和33年)には日野町と七生村が合併して新しい日野町が誕生し、1963年(昭和38年)には市制を施行して日野市となりました。

そのあとも人口が増加し、都市機能を整備するとともに、農業、工業の振興を図ったり、大学を誘致したりするなど地理的特色を活かしながら、住みやすいまちづくりを進めています。

市の有名人(出身者)

土方歳三・井上源三郎・佐藤彦五郎(新選組)、平山季重(鎌倉幕府御家人)、辻仁成・浅田次郎・岩崎夏海(作家)、廣井友信(サッカー)、ねづっち(漫才師) 等

日本一

  • ゴミゼロ行政
  • 子育て環境
  • 新選組のふるさと日野
  • 市内を流れる116kmの水路

特産品・酒

多摩川梨、ぶどう、りんご、トマト、ブルーベリー、いちご、東光寺大根、ジェラート、平山陸稲、トラック、複写機、MRI/ブルーベリー発泡酒

上場企業

日野自動車(株)

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