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国分寺市はどんな街?

国分寺市

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国分寺市のタウン情報

東京都のほぼ中央部に位置し、武蔵野段丘の上部にあたる平坦な地形となっています。

市域のほぼ真ん中をJR中央本線が東西に、武蔵野線が南北にそれぞれ走っており、西国分寺駅で接続しています。

また国分寺駅からは西武多摩湖線・国分寺線が北部に延びているため周辺地域へのアクセスに優れ、多摩地区の交通の要衝となっています。

そのため国分寺駅周辺は大型商業施設やオフィスビルなどが集まって市の中心街を形成しています。

市域はほとんどが住宅街となっており、東部には東京経済大学など教育施設もあります。

奈良時代に国府が設置されたことで、市内には当時の面影を偲ばせる歴史遺産も数多く残されています。

国分寺市

市の位置

国分寺市の位置
都市イメージ

歴史

741年(天平13年)に武蔵国分寺が建立されたことで、武蔵国の政治・文化の中心地となりました。

鎌倉時代には鎌倉街道が整備され、恋ヶ窪に宿場が設置されるなど、交通や経済の要衝としてさらに発展していきます。

しかし1333年(元弘3年)、新田義貞の鎌倉攻めを端に発した戦いで国分寺が焼失すると、賑わっていた町も影を潜め、次第に農村地帯へと変化しました。

江戸時代には新田開発が進み、武蔵野の原野は次々と開発されていきました。

時代が明治に移ると、現在の市域にあった村は品川県と韮山県に分かれましたが、1889年(明治22年)に10村が合併して国分寺村が誕生しました。

やがて鉄道が敷かれ、駅が開設されると都心や近隣町村との交流が活発になり、また、関東大震災によって郊外に移る人も多くなり、都市開発が進みました。

昭和に入ると宅地開発が行なわれ、1940年(昭和15年)に町制を施行して国分寺町が成立しました。

戦後は人口が急増し、1964年(昭和39年)に市制施行により国分寺市が誕生しました。

1974年(昭和49年)に市民憲章を制定し、1984年(昭和59年)には非核平和都市宣言を行なうなど、市民生活を中心としたまちづくりを進めています。

明治時代になると市域は韮山県、品川県に属し、その後神奈川県と埼玉県に編入しました。

1884年(明治17年)には4村で組合村を結成し、1889年(明治22年)には1村加えて東村山村が誕生しました。

1893年(明治26年)には東京府に移管され、大正時代から昭和にかけて人口が増加し、1942年(昭和17年)に町制を施行して東村山町となりました。

1964年(昭和39年)に市制を施行して国分寺市となりました。

それ以降も豊かな自然を保全しながら、都市整備を進め、近郊住宅都市としての歩みを確かなものにしています。

市の有名人(出身者)

梅田香子(スポーツライター)、土屋礼央・加藤慶之(歌手) 等

日本一

  • 日本の宇宙開発発祥(1955年4月ペンシルロケット水平試射)
  • 新幹線「ひかり号」誕生の地

特産品・酒

うど、植木、イロハモミジ(司シルエット)の生産/純米酒「武蔵国分寺」、いちじくのお酒

上場企業

リオン(株)

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