賃貸のことならホームメイトの全国不動産ネットワーク

西東京市のタウン情報/ご当地あれこれ検索

西東京市の賃貸物件検索

西東京市はどんな街?

西東京市

全国のご当地へ

西東京市のタウン情報

東京都の中央やや北部に位置し、北部は埼玉県に接しています。

2001年1月に誕生した市で、21世紀初の合併都市でもあります。

ほぼ平坦な地形には住宅地が広がり、市域の中央部を西武新宿線が、また北部には西武池袋線がそれぞれ東西に走り、都心への重要なアクセスとなっています。

その中心地となるのが田無駅周辺で、市役所をはじめとした公共施設や商業施設が集まり、大勢の人々が行き交います。

また駅の北側で新青梅街道、五日市街道などの都道が交差しているため、道路網が放射線状に近隣都市へ延びています。

西東京市

市の位置

西東京市の位置
都市イメージ

歴史

縄文時代からすでに人が定住していたことが遺跡からうかがわれます。

田無町一帯は室町時代から戦国大名が支配しており、1603年(慶長8年)には江戸幕府の直轄地、旗本の知行地となっていました。

また保谷町一帯は知行地で、江戸時代中期には代官の支配下にありました。

この時代には開発が進み、田無村など市域に村落が成立しました。

明治時代を迎えると、廃藩置県が行なわれ、田無村は韮山県に属しました。

後に品川県、入間県と管轄が移され、1872年(明治5年)に神奈川県に属しました。

また、保谷町一帯も品川県、入間県、熊谷県と管轄が移り、1876年(明治9年)には埼玉県に属しました。

1879年(明治12年)に田無村が町制施行で田無町となると、1886年(明治19年)には、上保谷新田、上保谷村、下保谷村、小榑村、橋戸村の5村による連合村が成立しました。

1889年(明治22年)には上保谷新田、上保谷、下保谷の3村が合併して保谷村となりました。

1893年(明治26年)には田無町が神奈川県から東京府へ移管され、また保谷村は1907年(明治40年)に埼玉県から東京府北多摩郡へ編入されました。

1940年(昭和15年)に保谷村が町制施行により、保谷町となりました。

1967年(昭和42年)には田無町、保谷町ともに市制を施行して、田無市と保谷市が誕生しました。

2001年には田無市と保谷市が合併して西東京市が新たに生まれました。

その後はそれぞれの都市の施設や事業を統一して、生活文化都市へと発展を見せています。

市の有名人(出身者)

井口資仁(野球)、岡田正義(審判)、三好礼子(エッセイスト・ラリースト)、大塚英志(評論家)、李忠成(サッカー) 等

日本一

  • 多摩六都科学館(世界最多1億4,000万個の星を投影)

特産品・酒

梨、キャベツ

上場企業

シチズンホールディングス(株)

西東京市の不動産情報

西東京市のアパートや賃貸マンションの物件検索やオススメ情報はこちら!

西東京市役所の周辺地図

読み込み中・・・

東京都のご当地あれこれ検索

詳細を表示する
ページトップへ