緑区は、相模原市内で最も広い面積を有しています。区の東部は工業や商業機能が集まり、西部は山並み、湖、川など自然が広がっています。橋本駅周辺には、都市基盤が整備されており、商業施設や高層住宅、文化施設が集まり、市街地として発展しています。また、鉄道はJR横浜線、相模線、京王相模原線が、交通は国道16号、国道129号、国道413号が走り、広域交通の結節点となっています。その利便性から内陸工業都市としても発展しました。津久井地域では、丹沢大山国定公園や県立陣場相模湖自然公園など、森が水を育む自然に恵まれた地域となっています。大沢地区は、相模川周辺の自然との触れ合いの場として区民に親しまれる他、公営の住宅、社宅やマンションの建設が進んでいます。
さがみ湖リゾートプレジャーフォレスト、県立藤野芸術の家、藤野園芸ランド、篠原の里センター、相模原北公園、相模川自然の村公園、県立津久井湖城山公園、県立相模湖公園、相模湖林間公園、旧青柳寺庫裡、石井家住宅、吉野宿ふじや、寸沢嵐石器時代遺跡、小原宿本陣、川尻石器時代遺跡、小松コスモス園、本沢梅園、城山かたくりの里、鳥居原園地、正覚寺、さがみ湖カタクリの郷、尾崎咢堂記念館、相模湖記念館、小原の郷
津久井跡城や馬入地区、川尻遺跡などから旧石器時代の遺跡が発見され、縄文時代の遺跡も発見されています。そのため元々、津久井地域は小さな集落がある余戸郷であったと考えられています。
戦国時代に入ると、小田原の北条早雲が登場し、中世城郭津久井城の存在が重要視されています。その勢力が相模国に浸透し、津久井城は小田原城を支える城となりました。その後、天正18年には徳川家康の攻撃により津久井城は落城しました。
江戸時代に入ると検知が行なわれ、幕府は交通網の整備に努め、慶長年間に五街道のひとつである甲州街道を設置しました。また、宿駅「伝馬制度」が整備され、相州四ヶ宿が置かれました。
明治時代から昭和30年頃までの産業は薪炭、養蚕、織物が中心でしたが、農業共同組合を中心に酪農、養鶏、キュウリ栽培、ミツバ栽培、製茶などを行なっています。
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