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恵那市

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恵那市のタウン情報

岐阜県の南東部に位置し、長野県、愛知県に隣接しています。

北部には笠置山、南東部には大船山をはじめとする1,000m級の山々が連なり、市域の約78%が山林で、海抜も約200mから1,700mまでと地域によって大きく異なります。

市の北部には木曽川、南端の県境には矢作川が流れて自然が織りなす渓谷美を見せ、観光スポットとして高い人気があります。

中山道の宿場町としての歴史を持ち、その発展が現在の市街地を形成しています。

街中を横断するようにJR中央線と中央自動車道、国道19号線が走り、南部の明智地区へは明智鉄道が市民の足としての役割を担っています。

東濃地方の中でも観光資源に恵まれ、恵那峡や日本大正村は近隣から毎年大勢の観光客が訪れます。

その一方で、宅地造成が進み、名古屋市のベッドタウンとしての顔も持っています。

産業も様々な分野で活性化しており、バイオリン、硬式用金属バットではともに日本一の生産量を誇ります。

恵那市

市の位置

恵那市の位置
都市イメージ

歴史

太古の昔から人が住み着き、飛鳥時代には米の産地として知られていました。

当時は「恵奈」と表記し、677年(天武6年)に天皇が神に供える米である次米(すきまい)を献上したことが記録として残されています。

鎌倉時代になると、京の都と鎌倉を結ぶ鎌倉街道が開通し、多くの人が行き交うようになりました。

また、鎌倉中期には遠山景朝によって岩村城が山間部に築城され、難攻不落の城として明治初期までその姿を留めていました。

江戸時代には鎌倉街道が中山道として整備され、大井宿が設けられたことで人や物資が多く集まり、宿場町として繁栄しました。

時代が明治に入ると、小さな村が次々と合併し、やがて町制施行で大井町や明智町などが町に移行しました。

昭和に入ると大井町とその周辺町村が合併して1954年(昭和29年)に恵那市が成立し、2004年(平成16年)に恵那市・岩村町・山岡町・明智町・串原村・上矢作町が合併して新市域の恵那市が誕生しました。

市の有名人(出身者)

佐藤一斎(儒学者)、下田歌子(実践女子学園創設)、山本芳翠(画家)、三好学(植物学者) 等

日本一

  • 日本初の大規模ダム式水力発電所とダム湖
  • 硬式野球用金属アルミバット生産量
  • 細寒天生産量
  • 農村景観
  • 木製水車
  • 岩村本通り

観光名所・人気スポット

恵那峡
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特産品・酒

シクラメン、細寒天、こんにゃく、五平餅、栗きんとん、菊ごぼう漬、ダンボール原紙・製品、アルミ加工品/女城主

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