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東区は、ほとんどが平野部でその中央を背骨のように延びる国道1号線や浜松駅方面から延びる幹線道路の国道152号線や国道150号線があり、北部には東名道の浜松インターチェンジがあります。

また東西に横断するJR東海道線の天竜川駅や南北に伸びる遠州鉄道の路線も充実するなど浜松市内の物流拠点としての役割を担う交通の要衝になっています。

国道152号線沿いには、和田町を中心に通称「自動車街」と呼ばれる自動車販売会社などが立ち並らび、商業立地がほぼ飽和状態の中区商業地区に対し、この区域では新しい大型商業施設が相次いで出店しています。

様々な開発が進む東区ですが、交通機関のネットワーク連携が十分に機能していない課題も残っています。

一方自然環境の面では、天竜川をはじめ、安間川や馬込川の豊かな水辺資源があります。

まだ整備が十分でない状況ですが、区民が憩うことのできるような環境の整備計画が進行中です。

東区

区の位置

東区の位置
都市イメージ

歴史

3世紀頃に長上地区で稲作が始まり、勢力を増した豪族はその後、天竜川の東地域を支配していました。

5世紀中頃には浜松市内で最大規模の千人塚古墳が築かれ、当時の勢いが窺えます。

江戸時代の浜松市は交通の要衝としての役割を担い、この区域には東海道とその脇街道として旅人が行き交った姫街道が通っていました。

徳川家康は領国の交通や通商のための交通路整備に力を注ぎました。

参勤交代の大名や武家が宿泊する本陣や脇本陣が置かれていた姫街道は、東海道にも匹敵するにぎわいだったようです。

市野宿はそのひとつでしたが、「暴れ天竜」の名で知られた天竜川が、大水や台風の時に旅人の行く手を遮っていました。

江戸時代は、川を渡るには船しか方法がありませんでした。

そこで維新後の明治7年(1874年)に初めて、多数の小舟を並べて綱や鎖で連結しその上に板を敷いた船橋が天竜川に架けられました。

その2年後の明治9年(1876年)には木橋に掛け替えられ、東海道の往来は容易になりました。

今ではその名残として中野町六社神社の裏手に「船橋之記」と「天竜川木橋跡」の碑が建っています。

かつての暴れ天竜には、国道1号線に天竜川橋と新天竜川橋、その上流にかささぎ大橋が架けられ、東西の交通に重要な役割を果たしています。

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