区制施行時からある区のひとつで、名古屋市内で面積が最も小さい区です。 藩政時代の武家屋敷として発展してきたため伝統的な名所や施設が数多く残り、往時の繁栄を今に伝えています。 その代表的な施設が区の東部にある徳川美術館です。 尾張徳川家のゆかりの品々を展示し、隣接する蓬左文庫には多数の古書や貴重な資料が保存されています。 またすぐ近くには尾張徳川家の菩提寺である建中寺がある他、区内には由緒ある神社・仏閣が多いことも知られています。 またJR、名鉄、地下鉄が乗り入れる大曽根駅は、名古屋北部の重要なターミナルで、すぐ近くにはナゴヤドームがあります。 中央部の白壁町や主税町、橦木町周辺は、武家屋敷の佇まいを偲ばせる黒塀の屋敷が並び、市の街並み保存地区にも指定されています。 西部は中区の栄地区とともに、大規模なショッピングゾーンになっており、オアシス21や愛知県芸術劇場などシンボリックな施設も多くあります。
ナゴヤドーム、徳川美術館、建中寺、蓬左文庫、オアシス21、布池カトリック教会、名古屋市政資料館、文化のみち撞木館、愛知県芸術劇場、
名古屋市芸術創造センター
名古屋城築城による城下町の整備で、江戸初期に大きく発展しましたが、それ以前は多くの村があり、農業を営んでいました。
城下町が整備されると城に近い地区には武家屋敷が数多く建てられ、城に従事する役人などの住まいとなっていました。
1600年代の中頃には初代藩主・徳川義直を弔うために建中寺が建立され、末頃には二代目藩主・徳川三友の隠居所として尾張徳川家の大曽根別邸が建てられました。これが現在の徳川園になっています。
時代が明治に移り名古屋市が市制を施行すると中区とともに市域を形成しました。
教育施設もこの頃に多く開設され、名古屋初の文教地区となり、現在でも伝統校が多くあります。
1908年の区制施行時には東区が誕生。大正時代の1921年には千種町と東山村を編入して区域を拡大しました。
この頃から、矢田地区や大幸地区に電機や製陶などの大規模工場が建設され、一転して工業地帯として名古屋の産業活性化に大きく寄与しました。
昭和に入ると人口は27万人にも増加しましたが、1937年に旧千種町以東の町が東区から分離・独立して千種区が誕生し、東区の面積、人口は縮小します。1944年には杉村・六郷地区が分離して北区の一部となり、ほぼ現在の東区の形が作られました。
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