名古屋市の北西部にあり、初めて区制が施行されたときからある区です。 創設当時から、周辺町村を編入や区域の変更などによって面積を拡大し、現在は創設当時の4倍近くにもなっています。 区内全域が閑静な住宅地となっており、特に庄内川の北部は宅地化が進み、地下鉄鶴舞線と名鉄犬山線が相互乗り入れしている上小田井駅を中心に、新興住宅地を形成しています。 南部は名古屋駅や丸の内オフィス街に近いため商業施設が多く見られ、円頓寺商店街のようにレトロな風景で人気を呼んでいる場所もあります。 また円頓寺商店街周辺は、駄菓子などの問屋が今でも多く集まっていることもあり、より懐古的な雰囲気を漂わせています。 扇子やすだれ、友禅染めなど伝統産業も息づき、産業技術記念館やノリタケの森などを「ものづくり文化の道」として結び、地域振興と魅力の再認識などを展開しています。
産業技術記念館、ノリタケの森、庄内緑地公園、八坂神社、円頓寺商店街
西区の基盤は、徳川家康の名古屋城築城に伴う「清洲越し」によって整備されたと伝えられています。
それ以前は江川、笈瀬川などを利用した農業が盛んでした。
当時の巾下、児玉、枇杷島が城下町に置かれ、築城とともに堀川も掘削されました。
同時期に枇杷島に市場が設置され、熱田の魚市場に対して青果市場として野菜や穀物を扱い、名古屋の台所として繁盛しました。
江戸末期から明治時代にかけて、現在の西区には10の村があり、そのほとんどは西春日井郡となっていました。
1889年に名古屋市が誕生すると、那古野村が名古屋市に編入し、区制が施行されると巾下、枇杷島、児玉、那古野を区域とした西区が誕生しました。1916年には庄内町の一部を編入、のちに西春日井郡にあった押切村や稲生村、栄村、名塚村などを編入し、区域を拡大しました。
また明治時代には豊田紡織やノリタケなどが創業し、近代工業の幕開けを担いました。
1955年には西春日井郡山田村を編入し、現在の区域となっています。
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