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城陽市

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城陽市のタウン情報

城陽市は京都府南部、山城盆地の中央部に位置します。

人口は約8万人で、京都市と奈良市のほぼ中間にあり、古くから交通の要衝として栄えました。

地形はおおむね平坦で、市域東部丘陵地から西部地域にかけてなだらかな平野が広がります。

城陽市の産業では金銀糸工業が地場産業として有名で、2010年(平成22年)度から日本独自商品のブランド育成や海外展開を目的とする国の「JAPANブランド育成支援事業」の採択を受けました。

農業も盛んに行なわれており、特にイチジクの出荷は京都市場で約90%のシェアを占めています。

また「若い農業者就農促進事業」による実践的な技術習得講習などを行なって、農業の活性化に取り組んでいます。

市内を走る鉄道はJR奈良線、近鉄京都線で、京都市まで約20分、大阪まで約50分、奈良まで約20分と、京阪奈に1時間以内で行くことができます。

バスは京阪宇治バスと市循環バス「城陽さんさんバス」が運行し、道路は国道24号、国道307号、京奈和自動車道が通っています。

城陽市

市の位置

城陽市の位置
都市イメージ

歴史

城陽市は森山遺跡の発掘により、縄文時代後期に人が暮らし始めたと考えられます。

市域を流れる木津川は古来より水上交通路として活用され、『古事記』『日本書紀』にも、地名が度々登場します。

古墳時代から飛鳥時代にかけては大小様々な古墳が造られ、今も各地に多く残されています。

平安時代は京都、奈良の貴族や寺院の荘園となり、室町時代後期には農民たちの反乱によって大名支配を排除した山城国一揆の舞台となりました。

また、戦国時代には多くの合戦が繰り広げられましたが、江戸時代に入ると街道沿いの宿場町として大いに繁栄しました。

明治以降は久津川、寺田、富野荘、青谷の4村が行政区画となり、1951年(昭和26年)にその4村が合併し城陽町が誕生しました。

1972年(昭和47年)には城陽市となり、1975年(昭和50年)に人口5万人を超える都市となりました。

現在は「くらしを高め、地域の産業を育てるまち」「男女共同参画の推進」を目指すなど、活力に満ちたまちづくりを進めています。

市の有名人(出身者)

俵越山(書家)、山本善隆(ゴルフ)、三船雅彦(自転車)、大西順子(ジャズピアニスト)、玉山鉄二(俳優)、内海哲也(野球)、中道瞳(バレーボール) 等

日本一

  • 金銀糸の生産高(全国の約6割)
  • 芝ヶ原古墳(国内最古級)
  • 良質・豊富な地下水

特産品・酒

金銀糸、梅、花しょうぶ、カラー、カキツバタ、花ハス、寺田いも(カンショ)、いちじく、てん茶/純米大吟醸「城陽」(清酒)、たれくち酒(清酒)、梅小枝(梅酒)、花小枝(梅酒)、梅ワイン

上場企業

星和電機(株)

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