大阪市の東部に位置し、浪速区に次いで24区中2番目に小さな面積の区です。 区域の縦横に鉄道が走り、交通アクセスが良いことから、住宅も増加の傾向にあります。 また、平野区と隣接していることから外国人居住者が多い点も特徴のひとつです。 人口密度が市内で4番目に高く、大阪市の都市計画策定前に市街化が進んでいたため、狭い路地や木造住宅など旧市街地の面影が残っています。 また大阪市東部の工業地帯の一角を担い、区内には中小の町工場が多く集まっています。
鶴橋商店街、熊野大神宮、比賣許曽(ひめこそ)神社、法明寺、八阪神社
南北朝時代は四天王寺の所領とされ、江戸時代は幕府直轄の天領地でした。
当時は現区域内に11の村があり、のどかな田園風景が広がる農村地帯で、大坂城代の知行地または代官支配地でした。
明治に入ると大坂造兵工廠(こうしょう)が設置され、商工業地帯や住宅地が建設され開発が進みました。
1895年に鉄道が開通し、玉造駅が設置されると周辺は賑わいを見せ、発展に大きくかかわりました。
明治末期で区域内の人口は約17,000人でしたが、大正末期では10万人を超える程に増加し、都市化への動きが活発化しました。
1925年に大阪市に編入され、東成区が誕生しました。
編入当時は現在の生野区、旭区、城東区、鶴見区を含む広大な区域を誇っていましたが、それぞれの区が分離独立したため編入時より大幅に縮小し、現在の区域に至っています。
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