神戸市の沿岸の中央部に位置し、北の六甲山系をバックに、瀬戸内海へと平野部が広がり、そのエリアに都市機能が集中しています。特にウォーターフロントの開発は活発に行なわれ、日本最長の運河や神戸の海の幸の台所と呼ばれる中央市場、2002年のワールドカップの会場となったホームズスタジアム神戸など、個性的なスポットが点在しています。その沿岸部には、隣の中央区と長田区を結ぶ地下鉄海岸線「夢かもめ」が通っており、市営地下鉄や山陽本線と合わせて抜群のアクセスを誇ります。市街地では、東京の浅草と並び称される下町風情漂う新開地地域があり、活気にあふれています。北部には六甲山系が広がり、立ヶ畑ダムなど風光明媚なロケーションが広がっています。
水の科学博物館、スタジアム神戸、キャナルプロムナード、蛭子神社、和田神社、能福寺、海福寺、清盛塚
古くから港町として栄え、奈良時代には交通の要衝として大いに賑わっていました。平安末期には平清盛によって改修がなされ、日宋貿易の拠点となり、また、半年程区の北部の福原に都が置かれて政治の中心にもなりました。その後、湊川の戦いなど南北朝動乱期には戦乱の地となるものの、海運の要地として一大経済都市として繁栄を極めます。
戦国時代には、兵庫城が建てられて池田家の所領となり、江戸時代には尼崎藩の一部となりました。当時の港は兵庫津と呼ばれる港町で、1672年、山形県から日本海を経て下関を通り、大阪から江戸に至る西回り航路が開かれると重要な拠点となり、船問屋と言われる豪商が多く輩出されて活気づきました。
1796年に江戸幕府の直轄地になると、さらに大きな海運業者が活躍するようになりました。
江戸末期、現在の中央区に神戸港が開港すると交易の拠点は神戸港に移り、兵庫津は取り残される事態に陥ります。そこで、1875年に新川運河、1900年に兵庫運河が完成し、両運河合わせると全国最長の全長3kmに及びます。
この後、運河沿いに製粉工場や製油工場などが建ち並び、臨海工業地帯として栄えていきました。
1995年の阪神・淡路大震災では沿岸部を中心に多大な被害を受けました。
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