島根県の東部にあり、山陰地方のほぼ中央に位置します。市の西部は宍道湖の半分を取り囲み、東部は中海に面した水郷都市で、1889年に市制施行。松江城や宍道湖、小泉八雲記念館など観光資源が豊富で、城下町ゆかりの歴史的史跡だけでなく、加賀の潜戸や美保の北浦など自然の景勝地も数多く、1951年に奈良・京都とともに国際文化観光都市に指定されました。観光以外にも漁業や商業も盛んで、山陰の中核都市としてさらなる発展が期待されています。
市の花:ツバキ・ボタン
市の木:マツ・サクラ
市の魚介:シジミ・タイ
国際友好・姉妹都市:アメリカ・ニューオーリンズ市、中国・吉林市、中国・杭州市、中国・銀川市、アイルランド・ダブリン市、中国・江陰市澄江鎮
松江城、宍道湖、小泉八雲記念館、松江イングリッシュガーデン、田部美術館、菅田庵、石宮神社、松江フォーゲルパーク、玉造温泉、加賀の潜戸
出雲そば、八雲塗、シジミ、カマボコ、めのう細工、カブ、手漉き和紙、出雲焼、和紙人形、出雲茶
古代出雲国の中心地として国庁や国分寺が設置され、古道などが整備されました。戦国時代には毛利氏によって支配されましたが、江戸時代に入ると堀尾吉晴が松江藩の藩主となり富田城に入ります。居城を亀田山に新たに松江城を築城し、城下町を形成しました。吉晴は、湖に面した景観が中国の松江(しょうこう)に似ていることから、この地を「松江」と名付けました。堀尾氏のあとに京極氏、松平氏と城主が変わりましたが、城下町は繁栄し、現在の都市基盤を構築しました。松平氏は教育を奨励し、江戸中期に「文明館」、幕末に「修道館」を設立し、修道館は漢学や医学など先進的地位にありました。明治新政府による廃藩置県では松江県となり、まもなく広瀬県、母里県と合併し島根県が誕生し、県庁所在地となりました。昭和に入ると近隣町村の合併・編入を繰り返し、市域を拡大していきました。高度経済成長期には新産業都市に指定され、山陰地区の中核都市として発展を続けています。2005年には、中海と宍道湖がラムサール条約に登録されました。
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