岡山市北区は、岡山市の4区の中で最も広くで、市域の約57%を占めています。岡山空港のある北部は、中国山地の一端に接する緑豊かな山間地で、清流旭川を河口に下っていくにしたがって開けた平野部へと変化する多様な自然環境が特徴です。交通網としては、1972年(昭和47年)には山陽新幹線が開業し、また山陽自動車道も東西に横断したことで、交通網の背骨が確立しました。その他の主要な道路としては山陽自動車道の岡山ICにつながる岡山北バイパス(国道53号)や岡山西バイパスが縦断しています。鉄道は、JR岡山駅を中心に東西にJR山陽本線、西にJR吉備線、北東に津山線が伸びています。交通網の整備と同調するようにJR岡山駅中心の都市開発が進み、岡山城下に高層ビルが建ち並ぶようになりました。北区は、岡山県庁や岡山市役所が所在する行政の中心地であると共に、岡山県最大の商業地でもあります。丘陵部では、白桃やマスカット、ピオーネなどの果物の栽培が盛んです。農業と共に市街地に隣接する貴重な里山として半田山、京山、吉備の中山地区など自然も豊かです。
岡山城、最上稲荷、後楽園、吉備津神社、岡山県立博物館、西川緑道公園、造山古墳、苫田温泉、岡山スカイガーデン
有史以来北区の歴史は古く、弥生時代には既に稲作が行なわれ、人が住むようになります(津島遺跡)。地の利の良さから様々な勢力によって、この一帯は支配され、古代末期から中世にかけては大安寺荘や鹿田荘などの荘園が支配していました。
1700年(元禄13年)池田綱政によって造営され、今では日本の三名園として数えられる後楽園は、開園当初、畑や田んぼを園内に多く配置しましたが、その後は藩主たちの好みによって徐々に改築され、現在のような芝生張りの園内になったようです。1889年(明治22年)には、岡山市として歩みが始まり、大正の合併によって御津郡伊島村、石井村、鹿田村全域と、御野村の大部分が岡山市に編入されました。
明治に入ると岡山に県庁が置かれ、山陽鉄道が開通したことで瀬戸内海沿岸有数の都市に発展し続けることになります。1988年(昭和63年)には、四国との架け橋である瀬戸大橋線が開業し、重要な交通拠点の役割も担うようになりました。政令指定都市移行に伴い、2009年(平成21年)に岡山市北区として新しい出発をしています。
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