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岡山市中区のタウン情報

岡山市中区は、岡山市の内で一番小さい区です。

北には龍ノ口山、中央には操山の丘陵地、西には旭川、東にはその放水路である百間川、南部には児島湾を干拓した平野部で構成されています。

旭川によって形成された龍ノ口山から操山にかけての扇状地には、祇園用水倉安川などの水路群が田園の中を編み目のように張り巡らされ、その水辺には、アユモドキ(天然記念物)やホタルなど貴重な動植物が生息しています。

住宅地や商業地域は、中区の北側を東西に横断するJR山陽本線の西川原駅を中心に広がっています。

古くから城下町として開けていた門田・東山地区や国道250号が通る高島・東岡山地区には、住宅が密集しています。

また交通の大動脈となっている岡山バイパス(国道2号線)や南北に走る県道45号線の沿線は、工場地帯が形成されています。

南部は、のどかな田園風景が今も残っていますが、旭川と百間川の河口には瀬戸内海の海上運輸の拠点となっている新岡山港があり、近年には岡山県トラックターミナルなどの物流拠点が設けられ、徐々に農地は宅地や工場へと転用されています。

しかし環境と暮らしの調和を実現するため、市民の自然活動の拠点として操山公園里山センターが開設されるなど貴重な緑地空

中区

区の位置

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都市イメージ

歴史

古代より人々が居住していたことは、百間川遺跡や操山古墳群から窺えます。

奈良時代には賞田地区に備前国の国府が置かれていたとされ、江戸時代になると門田地区・東山地区は城下町の一角となりました。

津田永忠が中心となって行なわれた倉田新田や沖新田開発、倉安川、百間川などの大規模な農業・土木護岸は、貴重な干拓の歴史を伝えています。

明治時代には、山陽鉄道や西大寺鉄道等の鉄道網も整備されました。

大正時代には、路面電車が東山地区まで延長され、旧制第六高等学校、岡山県岡山高等女学校等が設置され文教地区としての発展しました。

残念ながら1945年(昭和20年)第二次世界大戦には、アメリカ軍による空襲を受け、多くの市民が犠牲になり甚大な被害を受けました。

戦後は、住宅地として整備されていきました。

2009年(平成21年)には、政令指定都市移行に伴い岡山市中区となりました。

それに伴う都市基盤整備として、「身近に自然とふれあえるまち」をキャッチフレーズに倉安川の改修、竹田升田線など幹線道路や岡東処理区の東岡山分区や旭東分区などの下水道や居住環境の整備が計画されています。

また新岡山港のある高島地区を海の玄関口として活かすまちづくりが今後の取り組みとして挙げられています。

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