賃貸のことならホームメイトの全国不動産ネットワーク

岡山市東区のタウン情報/ご当地あれこれ検索

東区の賃貸物件検索

岡山市東区はどんな街?

岡山市東区

全国のご当地へ

岡山市東区のタウン情報

岡山市東区の中央を吉井川が流れ、河口では児島湾と瀬戸内海に面し、沖合には犬島があります。

吉井川と百間川に挟まれた一帯には、干拓によって整備された農地が広がっています。

このような自然豊かな環境にはアユモドキ(天然記念物)やダルマガエルなどの希少生物も生息しています。

東区の西大寺地区は、江戸時代より門前町として栄え、現在でも住宅街として中心地となっています。

また北東部である上道地区や瀬戸地区は田畑が広がり、トマトやニューピオーネの栽培など農業が盛んな地区です。

一方瀬戸内海に面している汽水地帯では、黄しじみ、しらうお、さわらの水揚げ、また瀬戸内海沿岸ではのり養殖が行なわれ、恵まれた自然環境が暮らしを支えています。

門前町の面影を色濃く残す西大寺観音院周辺を歴史的な町並みとして保存する活動も行なわれています。

また古くから守り継がれたお祭りとして裸祭りの名称で呼ばれ、日本三大奇祭のひとつに挙げられている西大寺会陽があり、全国から観光客が集まり、大変な賑わいを見せます。

東区への交通アクセスは、鉄道では、JR赤穂線の大多羅駅や西大寺駅が最寄りの駅になります。

また幹線道路としては、JR赤穂線の西大寺駅付近で交差するように南西から

東区

区の位置

東区の位置
都市イメージ

歴史

室町時代には、現在の瀬戸内市長船町の近くに吉井川を航行する舟の荷揚げ場として賑わっていました。

西大寺付近は、西大寺観音院の門前町として栄えていたようです。

また500年程前の戦国時代から伝わる奇祭の裸祭りも続いています。

江戸時代には、岡山藩主の池田綱政が、新田開発のため神崎新堀を水門湾まで延長し、その東西に幸島新田などが開発されました。

また、藤井地区に山陽道が通るようになると宿場町が形成され、多くの旅人で賑わうようになりました。

明治時代になると、鐘淵紡績の工場が西大寺地区で操業を開始し、軽工業の立地が盛んになりました。

1953年(昭和28年)に行なわれた昭和の大合併では、11の町村や地区が合併して、西大寺市が誕生しました。

1962年(昭和37年)国鉄赤穂線が開通すると、岡山市の中心地へ通勤する人たちのベッドタウンとして急速に宅地化していきます。

1969年(昭和44年)西大寺市は岡山市へ編入合併されました。

明治に入ると岡山に県庁が置かれ、山陽鉄道が開通したことで瀬戸内海沿岸有数の都市に発展し続けることになります。

1988年(昭和63年)には、四国との架け橋である瀬戸大橋線が開業し、重要な交通拠点の役割も担うようになりました。

政令指定都市移行に伴い、2009年(平成21年)に岡山市東区として新しい出発をしています。

観光名所・人気スポット

西大寺観音院
  • 岡山市観光協会

    岡山市観光協会の情報をご覧頂けます。

  • 観光施設を検索

    ホームメイト・リサーチで、日本全国の観光施設を無料で検索することができます。

  • 地図から検索
  • ピカ写メから検索

東区の不動産情報

東区のアパートや賃貸マンションの物件検索やオススメ情報はこちら!

東区役所の周辺地図

読み込み中・・・

岡山県のご当地あれこれ検索

詳細を表示する
ページトップへ