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倉敷市

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倉敷市のタウン情報

倉敷市は岡山県南部に位置し、長い年月をかけて市内を流れる高梁川が沖積平野を形成しました。

また、戦国時代以降は瀬戸内海に面する湾岸部が干拓され倉敷、玉島周辺の島々は陸続きとなりました。

人口は約48万1千人(2012年3月時点)で、倉敷、水島、児島、玉島の4つの地域に市街地があります。

この4つの地域はそれぞれに特色を活かしたまちづくりを行なっており、倉敷は白壁の町並みが残る美観地区を中心とした観光エリア、水島はコンビナートを中心とした臨海工業都市、児島は繊維産業が盛んで学生服やジーンズメーカーが多く立地、玉島は物資の集積地として貿易港が置かれるなど物流都市となっています。

観光地として発展する倉敷市には交通機関も充実しており、鉄道路線はJR山陽新幹線の新倉敷駅が立地する他、山陽本線や岡山と鳥取を結ぶ伯備線、倉敷と水島の間を走る水島臨海鉄道などがあります。

幹線道路は山陽自動車道や国道2、429号が通り、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋もこの地から架けられています。

倉敷市

市の位置

倉敷市の位置
都市イメージ

歴史

市内には縄文・弥生時代の集落跡をはじめ、古墳群や土器を生産した窯跡など古代遺跡が数多く発掘されています。

古くはこの一帯を吉備国と呼び、7世紀の後半に、備前、備中、備後の三国に分割され、備前、備中の一部が現在の倉敷市となります。

平安時代以降は本州と四国を結ぶ中継地として栄え、戦国時代には軍事上の要地として、度々合戦の舞台となりました。

中世から始まった島々の干拓は、江戸時代に入っても続けられ、島々が陸続きとなり現在の平野が形成されます。

また、この地は江戸幕府の直轄地である天領をはじめ複数の大名の領地、寺社領などに区切られ複雑な統治が行なわれました。

明治維新後は近代産業の先駆けとして紡績業が発展します。

1930年(昭和5年)には、日本で初めて西洋美術品を展示した大原美術館が、倉敷を代表する実業家の大原孫三郎によって設立されました。

1928年(昭和3年)に倉敷市制を施行。

1967年(昭和42年)に児島市・玉島市と新設合併し現在の市域になり、その翌年には倉敷を美観地区とする整備事業が始められました。

市の有名人(出身者)

大原孫三郎(実業家)、大山康晴(将棋)、池田遥邨(画家)、岩崎淑・洸、松本知将(音楽家)、星野仙一(野球)、高橋大輔(フィギュアスケート) 等

日本一

  • 学生服製造
  • 国産ジーンズ発祥の地
  • マスカット(加温)生産量
  • 石油精製能力日本一の製油所
  • 日本最古の沙美海水浴場
  • 桃・スイートピー生産量

特産品・酒

白桃、マスカット(加温)、れんこん、ごぼう、たこ、ジーンズ、学生服、帆布製品、竹集成材、い草製品、倉敷はりこ、倉敷ガラス、緞通、備中和紙、酒津焼/マスカットワイン、荒走り、燦然

上場企業

大黒天物産(株)

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