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西区は、広島市の南西部に位置し、東の天満川と中央部の太田川放水路、そして西の八幡川に挟まれた中洲と扇状地の地形からなっています。

太田川放水路を西に渡ると自然豊かな三滝山や鈴ヶ峰周辺に連なる山々の緑豊かな自然に囲まれた住宅地になっています。

一方、広島市の中心部と接する東部は、商業・工業地域と住宅街が混在する複合市街地です。

また太田川の中洲に位置し、安佐南区方面に延びる可部線にアクセスするJR山陽本線の横川駅周辺は商業地区ですが、太田川下流の横川地区や己斐地区、西部商工センター地区は、中央卸売市場やトラックターミナルが複合する流通拠点になっています。

東部の中広地区も、安佐南区を結ぶ広島高速4号線(広島西風新都線)を経て、山陽自動車道の五日市インターへスムーズにアクセスできます。

広島アジア大会のヨット会場となったヨットハーバーがある南部は、ウォーターフロント開発が進められています。

歴史的史跡としては、西国街道沿いの街並みや三瀧寺などがあります。

西区

区の位置

西区の位置
都市イメージ

歴史

三篠地区は、江戸時代新庄・楠木・打越の3村に別れ、藩政時代の太田川治水工事により新田として開発された地域でした。

雲石街道(国道54号線の旧線)から広島城下に入る交通の要所で、市街地が形成されていました。

1897年(明治30年)に山陽鉄道(現JR山陽本線)が徳山まで開通すると、この地区に横川駅が開業し、沿線に商店街が形成されました。

明治43年(1910年)に大日本軌道の路線(現在のJR可部線)が開通しました。

陸路網の充実によって太田川を利用した水運から鉄道に輸送方法が変わりました。

大正6年(1917年)市電(現在の広島電鉄横川線)が開通し、横川が浜田方面への郊外バスの発着場になるなど交通網が充実しました。

己斐地区は、中世においてこの地は厳島神社の社領で、己斐氏が支配していました。

藩政期、己斐村は己斐橋を通って隣の古江村に抜ける西国街道沿いに賑わい、特産としては花卉盆栽が有名でした。

1897年(明治30年)山陽鉄道(現在のJR山陽本線)が開通すると己斐駅(現在の西広島駅)が開業しました。

1912年(大正元年)広島市内から広島電軌(現在の広島電鉄)の路面電車線が己斐まで延長され、広島西部の陸上交通の玄関口になりました。

商工業が発展し、広島市のベッドタウンとしての性格が強くなりました。

草津地区は、中世には、厳島神社の社領でした。

1554年(天文23年)以後は毛利氏支配下となりました。

港に適した地形であったので、草津湊は毛利水軍の基地として、米や塩などの輸送、厳島社への渡船場として発展しました。

延宝年間以降には、カキの養殖が盛んになり、遠浅の干潟では新開地の造成が行なわれました。

1922年(大正11年)広島瓦斯電軌(現・広島電鉄)宮島線が己斐から草津まで延長され、駅が設置されました。

古田地区は、厳島神社の社領で、藩政期には沖合の干拓が盛んに行なわれ、広大な新開地が造成されました。

農業が中心で、高須のモモや古江のイチジクは広島市場で人気でした。

1922年(大正11年)広島瓦斯電軌(現広島電鉄)宮島線の開通により広島市中心部へのアクセスが良くなり、宅地化が進みました。

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