安佐南区は、広島商業圏から郊外に向かう可部線沿線の人口増加に加え、区内中央の武田山を大きく環状するアストラムラインの整備によって交通網が備わったことで、山地部の大規模な宅地開発が進み西風新都や東亜祇園ニュータウン春日野などの団地造成が行なわれています。また並行して市の中心部から北西部へつながる祇園新道、中筋沼田線や高速4号線の整備、下水道・公園などのインフラ整備も行なわれました。その結果、昭和40年代後半〜昭和50年代に人口が大幅に増え、現在では広島市8区において最多の人口となっています。ペンを模した区章に見られるように区内の特徴のひとつとして大学や高校が多いことが挙げられます。区内東側の山陽自動車道の広島インターチェンジ、山陽自動車道の広島ジャンクションから延びる広島自動車道の広島西風新都インターチェンジも整備されました。Jリーグ・サンフレッチェ広島のホームグラウンドの広島広域公園陸上競技場(広島ビッグアーチ)もこの区にあります。都市化が急速に進みましたが、周辺には豊かな自然が多く残り、安川緑道や古川せせらぎ親水公園など、週末には多くの広島市民が自然に親しむ姿が見られます。
広島広域公園(広島ビッグアーチ)、長束の蓮華松、武田山、広島市交通科学館、銀山城跡、正伝寺のクロガネモチ、安川緑道、古川せせらぎ親水公園
毛利元就が武田氏を滅ぼす以前には、武田山に銀山城や尾首城があり栄えていたようで、今でも安神社にその名残を見ることができます。1889年(明治22年)大合併により、沼田郡南下安村、北下安村の2村が合併し沼田郡祇園村となりました。同時に沼田郡東山本村と西山本村も合併し、安佐郡山本村になりました。
1938年(昭和13年)に安佐郡祇園村は安佐郡祇園町となり、次第に人口も増加していきました。その後祇園町、原村、長束村、山本村などが合併し、行政区としても拡大していきました。市町村合併で行政の効率化が図られ、1973年(昭和48年)には、高陽町、安古市町、瀬野川町、祇園町、佐東町も広島市に編入され現在の安佐南区の形になりました。
近年、広島広域公園のある沼田地区は、広島市が推進している新たなコンセプト:「住み」「働き」「学び」「憩う」に沿った都市拠点「西風新都」の整備が進んでいます。一方、肥沃な農地が多い川内地区は、今でも伝統的な特産野菜の栽培が引き継がれ、広島市全体への新鮮な野菜の重要な供給地となっています。
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