安芸区は、広島市の東部に位置し、旧安芸郡の瀬野川町・熊野跡村・船越町・矢野町が、広島市の政令指定都市移行と同時に合併、設置されました。ただし合併予定の自治体に変動があったため、安芸郡海田町によって分断され、旧矢野町の区域が飛び地となっています。国道2号線沿線に自動車や食品関係の工場が建ち並ぶ瀬野川地区は、山際では農村風景と新興住宅地が混在しており、今後も新規の大規模住宅団地の開発が計画されています。 一方面積の大部分が山林と農地となっている東部の阿戸地区は、熊野川を中心にした農業が主体の地域です。安芸区役所がある船越地区は、JR山陽本線の海田駅を中心に人口密度が高く、瀬野川河口の工業地区と地区北部の住宅地から構成されています。 飛び地となっている矢野地区は、南北に広島熊野道路が走り、海岸に近い地区は昔ながらの住宅地と新興工業団地、丘陵部にはニュータウンが造成されています。
岩滝公園遊歩道、新宮古墳、官立綿糸紡績工場跡、矢野城跡、尾崎神社、大師寺、海田温泉
1335年(建武2年)南北朝の動乱の時代に広島湾や山陽道を一望できる広島湾東岸の丘陵尾根上に熊谷蓮覚によって矢野城が築城されました。矢野城は、陸海交通の要衝で、当時この周辺は、南朝側の荘園が多く、武家勢力が及んでいない重要な地域でした。1445年 (文安2年)には野間氏が居城としました。しかし1555年 (弘治元年)に毛利氏に滅ぼされ、この城は歴史の表舞台から消えることになります。
戦国時代が終わり江戸時代の頃は、農業や林業が営まれる山間の集落と豊かな海の幸に恵まれた瀬戸内海沿岸の漁村が点在する静かな地区でした。
しかし明治以降、広島市が軍事拠点として発展してくると、海沿いの交通網は整備され農林水産業から徐々に軽工業や重工業などの製造業が盛んになり、都市としての様相が備わってきました。それに伴い1973年(昭和48年)以降は瀬野村、1974年(昭和49年)には熊野跡村が、そして1975年(昭和50年)には船越町や矢野町も広島市へ編入し、新興工業団地が開発されています。
また国道2号線と山陽本線が重なる沿線は、広島市中心部へのアクセスが良いため、安芸中野、中野東そして瀬野付近まで住宅地の開発が著しいです。
瀬野地区では、JR西日本の瀬野駅とスカイレールタウンみどり坂を結ぶ新交通システムのスカイレールが開通し、人口増加が見込まれています。
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