徳島県の東部に位置し、1889年に市制を施行しました。阿波おどりや人形浄瑠璃など独自の文化を育み、伝統的な風情があちらこちらに漂っています。市のシンボル眉山は風光明媚な観光スポットとして、好天の日は市街地や淡路島を望むことができます。温暖な気候により産業も活性化し、農・林・水産にわたって多くの物産があります。交通も充実しており、神戸鳴門ルートと四国縦貫・横断道の結節点として四国陸路の要所を担い、流通拠点としての重要視されています。
市の花:サクラ
市の木:ホルトノキ
国際友好・姉妹都市:アメリカ・サギノー市、ポルトガル・レイリア市、中国・丹東市
阿波おどり会館、モラエス館、徳島城博物館、徳島中央公園、阿波史跡公園、眉山、阿波十郎兵衛屋敷、しんまちボードウォーク、瑞巌寺、丈六寺
すだち、たらいうどん、竹ちくわ、祖谷そば、鳴門ワカメ、半田そうめん、サツマイモ、藍染、竹細工、大谷焼
古くは南海道の一国だった阿波国は、京や大坂からの文化の流入が早く、徳島市内に国府が置かれていました。平安時代には、平氏の政権下で地元の豪族が勢力を持ちましたが、鎌倉幕府成立後は、佐々木氏や小笠原氏が守護職として統治していました。室町から戦国時代にかけ、戦乱の世の流れで細川氏や三好氏、長宗我部氏など支配者が次々と代わっていきました。1585年に豊臣秀吉の家臣だった蜂須賀正勝・家政父子が阿波国を任され、徳島城を築城して城下町を造りました。徳島と命名したのは家政で、以後は徳島藩の本拠地として明治時代まで繁栄を見ました。木綿の普及で藍染めの染料作りが産業となり、品質が優れていたことから専売制を行ないました。時代が明治に入ると廃藩置県で徳島県となり、県庁が設置されました。一時期名東県に改称されましたが1880年に徳島県が再設置されました。この時代にも藍染料の産業が好調で、1889年の市制施行時には徳島市は全国で第10位の人口を擁していました。徳島城は1875年に取り壊されますが、市役所、県庁は城のあった城山周辺に建てられ、藩政時代の地域区分が今も残されています。
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