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西条市のタウン情報

西条市は愛媛県の東予部に位置し、面積は509.07kuと、県内3番目の広さです。

北には瀬戸内海が広がり、南には西日本最高峰で霊峰ともうたわれる石鎚山がそびえており、海と山といった、両方の自然の魅力にあふれた町です。

石鎚山をはじめとする高峰があるため、加茂川、中山川といった大きな河川が市域を流れ、それらは豊かな地下水をもたらしています。

そのため、西条市は別名、「水の都」とも呼ばれており、名水の里としても知られてきました。

国の名水百選及び「水の郷」にも指定されており、1995・1996年(平成7・8年)には連続で全国利き水大会1位の栄誉に輝いています。

市内各所には「うちぬき」と呼ばれる自噴施設があり、良質の地下水を自由に汲んで帰ることができます。

水が豊かなため、市域の水田総面積の広さも西条市の特徴になっており、愛媛県内にある水田のうち4分の1近くを西条市が占めています。

稲作以外の農業も盛んで、メロン、ニンジン、ホウレンソウなど多くの野菜・果物の生産量は県下一、特にはだか麦、あたご柿、春の七草の生産量では日本一を誇っています。

一方で臨海地域には造船所やエレクトロニクスの工場が集中し、一大工業地帯を築いています。

西条市

市の位置

西条市の位置
都市イメージ

歴史

市内にある国史跡の「永納山城跡」は、7世紀後半に大陸や朝鮮半島からの侵攻に備えて建設された古代山城跡だと推測されています。

また古代の道路跡も市域から発掘されており、西条市周辺は古くから瀬戸内海の海上交通の要衝地だったようです。

中世の時代、西条市は隣の新居浜市などとともに源氏の血筋の金子氏の所領でしたが、豊臣秀吉の四国平定によって豊臣方の土地となります。

1636年(寛永13年)には江戸幕府の命で一柳氏が入封し西条藩が誕生しました。

1670年(寛文10年)、一柳氏に変わって紀州・松平氏が藩主となり、明治維新まで松平氏の統治が続きました。

なお、江戸初期に西条藩から独立してできた小松藩は一柳氏を藩主とした陣屋町として明治維新を迎えています。

1941年(昭和16年)、西條町、飯岡村、神戸村、橘村、氷見村の5つの町村が合併して「西条市」が誕生しました。

1949年(昭和24年)、生きている化石と言われるカブトガニの繁殖地として、東予市(当時)の東予海岸が県の天然記念物に指定されます。

これをきっかけに始まったカブトガニの保護活動はその後、活動内容に変遷を経ながらも、途切れることなく今日まで続いています。

1964年(昭和39年)、西条市及び、小松町、丹原町など周辺の町々が揃って通産省の「東予新産業都市」に指定され、大々的な工業誘致活動が進められました。

しかし、それは同時に公害という問題も生み出し、ひいては、無人島への工場移転及びより低公害設備への転換を住民活動によって実現させるなど、環境保護の意識を愛媛県民に芽生えさせることにもなりました。

2004年(平成16年)、西条市、東予市の2市及び、周桑郡の小松町、丹原町の2町が対等合併、新しい西条市となって現在にいたっています。

市の有名人(出身者)

真鍋嘉一郎(医師)、穐月明(日本画)、田口信教(競泳)、二代目朝潮太郎(相撲)、佐伯矩(栄養学者)、佐伯勇(実業家)、秋川雅史(テノール歌手)、眞鍋かをり(タレント)、伊藤五百亀(彫刻家)、長友佑都(サッカー) 等

日本一

  • おいしい水
  • 旧市之川鉱山産出輝安鉱
  • 檀紙・奉書紙生産
  • あたご柿
  • 裸麦
  • 春の七草
  • 絹かわなす

特産品・酒

ほうれん草、いちご、春の七草、海苔、姫貝、わたりがに、裸麦、あたご柿、南高梅、にんじん、ねぎ、絹かわなす、湯葉、天狗黒茶、手すき和紙/石鎚など

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