高知県の中央部に位置し、北部には四国山脈があり南部には土佐湾が広がっています。温暖な気候を生かして農業も盛んに行なわれていますが、幕末に坂本龍馬や武市瑞山など多くの志士たちを輩出し、市内には土佐藩士の史跡や記念館が多く残っているため、観光資源の比率も多くなっています。高台に鎮座する高知城からは市街地が見渡せ、風光明媚な景色が広がります。市内には四国遍路の札所となる寺もあり、夏には市内で「よさこい祭」が催されるなど、全国から大勢の観光客を集めています。
市の花:トサミズキ
市の木:センダン
市の鳥:セグロセキレイ
国際友好・姉妹都市:アメリカ・フレスノ市、中国・蕉湖市、インドネシア・スラバヤ市
高知城、桂浜、はりまや橋、土佐闘犬センター、桂浜水族館、五台山、坂本龍馬記念館、横山隆一まんが館、わんぱーくこうち、土佐山内家宝物資料館
カツオ料理、尾戸焼、サンゴ、土佐紬、フラフ、干物、トマト、ナス、べく杯、木工品
古代は土佐国の小さな村で、海辺が内陸に広がり現在の町のいくつかは浮島だったとされています。都から守護役として紀貫之が赴任し、帰京の際に書き記した「土佐日記」は有名です。戦国時代に河川の堆積や干拓によって陸地が拡大し、長宗我部元親が大高坂に築城したものの、のちに浦戸城に移りました。関ヶ原の合戦後に、土佐国を任された山内一豊は大高坂の城を居城にし、城下町の建設をはじめました。これ以降、明治を迎えるまで山内氏は代々土佐藩主として土佐を統治しました。城下町の形成により発展が進み、今の都市基盤が造られました。幕末に土佐藩は明治維新への時代転換に大きな役割を果たし、明治になると板垣退助や片岡健吉が立志社を創り、自由民権運動の発祥地となりました。廃藩置県によって高知県の県庁が設置され、1889年には高知市と市制施行しました。電灯がともったり、鉄道が走ったり新しい文明が導入され、近代都市への歩みをはじめました。昭和初期には土讃線の開通に合わせて南国土佐大博覧会が開催されるなど、勢いを大きくしますが、第二次世界大戦では度重なる空襲に見舞われ、戦後まもなくに南海大地震の被害にあうなど市内は荒れ果てました。高度経済成長期に港東部を埋め立て、造船や木材工業が立地し沿岸部を中心に工業地が発展しました。
高知市の賃貸アパートや賃貸マンションの物件検索やオススメ情報はこちら!