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北九州市小倉北区のタウン情報

昔から陸上交通の要衝であった小倉北区は、江戸時代から細川藩や小笠原藩の城下町として発展してきました。

現在では、九州の総合的な拠点として、JR九州の鹿児島本線と日豊本線の接続駅並び新幹線の停車駅となり、さらに小倉駅南口から平和通りには北九州モノレールも乗り入れています。

小倉駅周辺は北九州市の中心で、駅北口は、国際コンベンションゾーンを形成し北九州国際会議場などが立地しています。

駅南口は、商業地区として百貨店や商店街、繁華街とオフィス街が広がって活気にあふれています。

小倉の象徴である小倉城の周辺は、小倉城庭園や松本清張記念館、勝山公園などの自然と調和した都市でもあります。

かつて高度経済成長時代には、市のシンボルで南北に流れる紫川は、工場や住宅から出る排水によって汚染されていましたが、下水道の整備が進んだ結果、現在ではシロウオやアユが遡上するまでになりました。

上流では、ホタルも舞う憩いの水辺に戻っています。

経済拠点であり、自然との調和を共存させ多様な都心機能を持った街です。

小倉北区

区の位置

小倉北区の位置
都市イメージ

歴史

小倉という地名は、足立山麓に小さな倉があったからという説、こくの浦という海岸の地名がこくらになった説などがあります。

慶長7年(1602年)には、現在の小倉のシンボルである小倉城を細川忠興が築城しました。

江戸時代の将軍家光施政の頃は、九州の外様大名を見張る主要な地でした。

しかし江戸時代末期には、徳川幕府の衰退に伴い、要の城であった小倉城を小倉藩は自ら焼いてしまうなど大きな時代の波を受けました。

明治維新になると軍隊が配置され、軍の色合いを持つようになります。

第二次世界大戦後、昭和38年(1963年)には小倉市は、戸畑市、若松市、門司市、八幡市と合併し北九州市小倉区となりました。

さらに昭和49年(1974年)には小倉北区と小倉南区に分かれました。

上場企業

TOTO(株)

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