佐賀県南東部にあって佐賀平野の中央に位置し、北部は背振山地、南部は有明海を望みます。市制施行は1889年で、近隣町村との合併・編入を繰り返して市域を拡大してきました。市内には佐賀藩ゆかりの史跡が多く、戦災を受けていないため長崎街道沿いなどに古い建造物や史跡が昔の面影を伝えています。山と海の間にあるため様々な自然風景が楽しめ、農業や漁業も盛んで、ムツゴロウ、エヒメアヤメなど珍しい生物を見ることができます。
国際友好・姉妹都市:アメリカ・グレンズフォールズ市、韓国・蓮堤区、中国・連雲港市、フランス・クサック村
佐賀城公園、佐賀城本丸歴史館、有明海、大隈重信旧宅、旧古賀銀行、佐嘉神社、神野公園、高伝寺、香椎神社、筑後川昇開橋
ビードロ、名尾和紙、鍋島緞通、佐賀錦、海苔、丸ぼうろ、佐賀牛、エツ料理、そば、ゆり菓子
古代は肥前国の国府が置かれ、中世にはいくつかの荘園が開発されました。中心部に龍造寺氏が村中城を建てますが、鍋島氏がその地に新たに佐賀城を築城し、居城としました。これに伴い城下町が整備され、戦国時代から江戸時代にかけては佐賀藩の本拠地として繁栄しました。城下には長崎に通じる長崎街道も造られ、往来も多くなりました。江戸中期に起こった西国の飢饉では大きな被害を受けたことにより藩政改革が行なわれ、六府方が設置されました。幕末には「薩長土肥」として明治維新の立役者の一角を占めました。また、洋式工業を導入して軍事施設が造られ、反射炉を築造して大砲の鋳造を行なったり、火薬製造所が設置されました。1871年の廃藩置県では対馬藩と合併して伊万里県となりますが、翌1875年に佐賀県と改称し県庁も佐賀に移されました。1874年に明治政府と新政府に反発する士族とで佐賀の乱が勃発。これにより佐賀城が焼失し、翌年には長崎県の管轄下となりました。1883年に長崎県から分離独立して佐賀県が誕生し、佐賀県庁が佐賀城跡に設置されました。昭和に入ると戦災を免れ、顕著な産業発展は見られないものの、自然と歴史が息づく都市を創造しています。
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