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八代市

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八代市のタウン情報

八代市は、熊本県南部の山や川、海と広大な平野の多様な自然に恵まれた街です。

東側は、九州山地へ連なる山々が宮崎県と接し、西側は、対岸に天草諸島が望める波静かな八代海が広がります。

日本三大急流のひとつである球磨川と氷川から流れ下った土砂が堆積してできた沖積平野が広がっています。

また江戸時代から行なわれてきた干拓事業によって造成された土地が広がっています。

八代市は農業の盛んな地域で、畳表の原料となるいぐさの生産は、国産の約8割を占め日本一となっています。

また八代港を中心にした県内有数の工業都市でもあります。

交通アクセス面では、1980年(昭和55年)に九州縦貫自動車道八代インターチェンジ、2001年(平成13年)には南九州西回り自動車道日奈久インターチェンジが開通しています。

また2004年(平成16年)に九州新幹線鹿児島ルートと在来線の併設駅として新八代駅が開業しました。

2011年には、九州新幹線が全線開通し、それに伴いJR鹿児島本線の八代‐川内間が経営分離され、第三セクター「肥薩おれんじ鉄道」として開業しています。

さらに、海の玄関口の八代港には、1999年(平成11年)、韓国・釜山港を結ぶコンテナ定期航路が開設され、国際港として発展しています

八代市

市の位置

八代市の位置
都市イメージ

歴史

「やつしろ」の地名が初めて出てくるのは日本書紀ですが、市の周辺には縄文・弥生・古墳各時代の遺跡が分布しているため、人が定住し始めたのはこの頃であると推察されます。

古来より八代は博多、坊津と並ぶ九州の対外貿易港として栄え、中国南部よりみかんが伝えられたのも八代市付近だとされています。

平安時代末期には日宋貿易を重視した平清盛の所領となり、鎌倉時代になると執権北条氏の所領となっています。

八代には商工業の座がにぎわい、中世を通じて大いに栄えたと伝えられています。

戦国時代末期以降、麦島に平城が築かれ、加藤清正の領地となりました。

1619年(元和5年)に発生した大地震により城郭が崩壊しましたが、幕府の許可を得て再び築城しました。

八代城は江戸幕府の一国一城令にもかかわらず存置を許された城でした。

これは八代が幕府にとっても重要な要衝と考えられていたことが窺えます。

江戸時代には肥後国最大の干拓事業である七百町新地(鏡町)の干拓が行なわれ、米や塩の生産量が増えています。

明治時代に八代港は、近代的な港湾として整備され、1890年(明治23年)に九州第1号のセメント工場ができたのを皮切りに、製紙工場や酒造メーカーが相次いで進出し、工業都市へと発展しました。

2005年(平成17年)八代市と八代郡内の坂本村、千丁町、鏡町、東陽村、泉村の1市2町3村が合併し、新「八代市」となりました。

市の有名人(出身者)

坂田道太(元衆院議長)、八代亜紀(歌手)、石田えり・永島瑛子・夏川結衣(女優)、柏田貴史・松中信彦(野球)、陣内貴美子(タレント)、智の花(力士)、ハヤブサ(プロレス) 等

日本一

  • い草
  • 畳表
  • 晩白柚(ばんぺいゆ)
  • トマト

特産品・酒

晩白柚、い草、日奈久ちくわ、高田焼、かずら豆腐、しょうが、柚子、茶、新聞用紙/焼酎、ワイン、トマト

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