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中津市は、大分県の西北端に位置しています。

北に周防灘が広がり、南には日本有数の渓谷として有名な耶馬渓の渓谷を形成する山々が連なっています。

その耶馬渓を源流とする山国川が、市の西部を流れています。

瀬戸内海式気候のため温暖ですが、年間降水量は少なく、上流の耶馬溪町に建設された耶馬溪ダムは、北九州と大分県北部の水がめとして重要な役割を担っています。

一方川の下流域に広がる中津平野では、大規模な稲作が行なわれています。

また周辺の沿岸部でも農業が盛んに行なわれています。

大分県の市ではありますが、旧豊前国であったため、福岡県の北九州市や築上郡などとの結び付きが強く、福岡県への通勤や通学する人口が多いことも特徴のひとつです。

地場産業としては、2004年(平成16年)にダイハツ車体株式会社(現:ダイハツ九州株式会社)が中津市昭和新田に本社と工場を移転したため、自動車関連工場の進出と集積が進んでいます。

中津市

市の位置

中津市の位置
都市イメージ

歴史

国道10号線の南側に条里制による条里地割の跡が現存しています。

条里制は、奈良時代中期の聖武天皇の時代に墾田永年私財法の施行で盛んとなった土地区画での基準であり、その当時から中津平野の開拓が行なわれていたことが分かります。

1587年(天正15年)黒田孝高は、豊臣秀吉から豊前6郡(京都、築城、仲津、上毛、下毛、宇佐)の16万石と馬ヶ岳城を与えられ、山国川河口部に拠点を移して中津城を築城しました。

城下町の原型がほぼ完成したのは1600年代中頃とされています。

その後城主は、細川氏そして小笠原氏と代わり、1717年(享保2年)に奥平氏が入封したあとは、明治維新まで治世されます。

1876年(明治9年)に中津支庁が設置されたことで、大分県北部の中心地として重要性を帯びるようになりました。

近代工業は1879年(明治12年)〜1880年(明治13年)にかけてこの地域では初めての工場が建設されて以降、繊維工業が隆盛を誇りました。

1944年(昭和19年)の神戸製鋼所進出が第二次世界大戦後の重工業化のきっかけとなり、1970年頃までは鉄鋼業と衛生陶器製造(TOTOとその関連企業)が特に盛んでした。

1970年代後半からは自動車製造の関連工場が進出し、1984年(昭和59年)には『豊の国テクノポリス』の中心都市として指定されています。

2005年(平成17年)中津市は、下毛郡の三光村、本耶馬渓町、耶馬溪町、山国町と合併し、新しい中津市が誕生しました。

市の有名人(出身者)

福澤諭吉(慶應義塾創設)、前野良沢(蘭学者)、田原淳(心臓ペースメーカーの父)、松原のぶえ(歌手)、川村矯一郎(更生保護の創始者)、大島康徳・山口俊(野球) 等

日本一

  • 日本三大水城(中津城)
  • 新日本三景・三大奇勝・日本三大紅葉の里(耶馬溪)
  • 日本三大五百羅漢(羅漢寺)

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