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「日本の歴史と建築様式」

日本の歴史と建築様式

ここでは、写真を使用して建築物とその様式を解説しています。

写真で見る建築と様式安土・桃山〜江戸時代(1573年〜1868年)

■安土・桃山時代 ■江戸時代
安土・桃山時代(1573年〜1615年)の建築

桃山時代になると室町時代にさかんであった仏教建築が下火となり、それに代わって武将の趣向を反映した力強く豪快な造りの城郭が築かれ、邸宅も華やかな書院造りの建物が建てられました。その一方で、茶の湯の大成者の千利休によって、洗練された意匠を備えた草庵茶室が完成されました。

草庵茶室

桃山時代以前に茶室として使われた部屋は書院風の厳格な造りでしたが、町人の出身の武野紹鴎(たけのじょうおう)の頃になると、張付壁(はりつけかべ)ではなく当時民家で使われていた土壁をはじめ竹格子や下地窓(したじまど)などが用いられるなど、次第に草庵風の造りに変わりつつありました。その後紹鴎の教えを受けた千利休(1522年〜1591年)は、それらをまとめ上げて草庵茶室を完成させました。草庵茶室では、露地(ろじ)や土庇(どひさし)、躙口(にじりぐち)が造られて、庭と建物との一体化がはかられました。


利休が建てたとされる待庵(たいあん)では、天井は高さに変化がつけられ、また窓は自在に配置されています。(とこ)内では入隅柱(いりすみばしら)が、また天井では竹や木を自由に組み合わせた天井や室床(むろどこ)が用いられています。柱は面皮(めんぴ)の細い木材が使われ、長押(なげし)は用いられないなど、茅葺民家の持つ素朴なたたずまいの中に洗練された感覚がかもし出されてい ます。


茶室の建築では、茶人の精神とされる数寄(すき)が表現され、本来、数奇屋という呼び名も草庵茶室を指す用語として用いられていました。その後の江戸時代になると、形式張った書院と比較して意匠上自由な草庵茶室のつくりは武家や公家などの上流階級に好まれ、数奇屋風書院造り(数奇屋造り)に取り入れられていきました。

待庵 外観 (京都府)

▲待庵 外観 (京都府)

待庵 茶室内 (京都府)

▲待庵 茶室内 (京都府)

待庵の平面図

如庵 (じょあん 愛知県)

▲如庵 (じょあん 愛知県)

如庵 茶室内 (愛知県)

▲如庵 茶室内 (愛知県)

城 郭

姫路城〈1609年〉大天守と小天守 

▲姫路城〈1609年〉大天守と小天守 
(兵庫県)

丸岡城〈1576年〉天守 

▲丸岡城〈1576年〉天守 
(福井県)


犬山城〈1601年〉天守

▲犬山城〈1601年〉天守
(愛知県)

松本城〈1597年〉天守

▲松本城〈1597年〉天守
(長野県)


彦根城〈1606年〉天守

▲彦根城〈1606年〉天守
(滋賀県)

彦根城 櫓

▲彦根城 櫓


姫路城〈1609年〉大天守と小天守

▲姫路城〈1609年〉大天守と小天守

姫路城 小天守

▲姫路城 小天守


姫路城 渡り櫓

▲姫路城 渡り櫓

姫路城 門に通じる石段

▲姫路城 門に通じる石段


桃山時代以前の戦国時代では敵の攻撃を防ぐことが最大の課題であったため、城郭では城や施設などの全体を濠や土塁などで囲い込む総構(そうがまえ)といった方法がとられたり、進行しにくい山の頂に城を築く山城が造られたりしました。こうした方法は桃山時代になると統合され、高層建築である天守を中心として何重にも壕や石垣をめぐらし、その外側に町人が住む城下町が造られました。


城郭の天守の建築様式には、住宅としての面影を残し御殿の上に物見台を造って周囲を見るタイプの「望楼型(ぼうろうがた)」と、物見台としての機能はなくなり、むしろ外部から見られることで城主の権力や権威を誇示することを狙った「層塔型(そうとうがた)」とがあり ます。


望楼型の天守を持つ城郭には丸岡城や犬山城があり、一方、層塔型には姫路城、松本城、彦根城などがあります。


姫路城は1609年(慶長14年)に播磨平野を望む丘の上に築かれ、3基の小天守を従えて白壁の大天主がそびえています。城の天守は、守りを固めると同時にその偉容を増す目的で小天守を配して渡り櫓(わたりやぐら)でつながれています。姫路城は城郭建築の完成された姿を示しているといわれてい ます。


桃山時代にさかんに行なわれた城郭建築は、江戸時代に入ると幕府によって出された一国一城令(1615年)により、新たな建築は行なわれなくなりました。


江戸時代(1615年〜1868年)の建築

江戸時代には、桃山時代の流れを引き継いで、書院造りはさらに華麗の度を増して装飾的となり、威厳と格式を備えた御殿や邸宅が築かれました。また、徳川家康を祭った日光東照宮のように、人目を引くことを狙った装飾的な霊廟建築が登場する一方で、桃山時代に誕生した草庵茶室の意匠を書院造りの建物に取り入れた数奇屋造りが公家や大名などの上流社会で広く用いられるようになりました。さらに、江戸時代の庶民階級の台頭を反映して大衆が参拝するための大寺院や、儒教教育などのための学校がさかんに建てられました。

二条城

二条城二の丸御殿(ごてん)は慶長7年(1602年)に造営されましたが、3代将軍家光(いえみつ)の寛永3年(1626年)の上洛(じょうらく)の際に大改造されました。

二条城 二の丸御殿 (京都市)

▲二条城 二の丸御殿 (京都市)

二条城 二の丸御殿大広間(大書院)

▲二条城 二の丸御殿大広間(大書院)


主に接客のために使用された書院造りの大広間は、金碧(きんぺき)濃彩の障壁画が小壁まで埋め尽くすなど、室内全体を極彩色とし、欄間には極彩色丸彫り彫刻が駆使され、飾金具は大型で多種に及ぶなど、その装飾化は頂点に達しました。この時代には、二条城に見られるような例は特殊ではなく、上級貴族の邸宅や大名屋敷も装飾的な華美を競っていました。

日光東照宮

将軍や大名は時代が泰平になるにつれ、先祖の偉業をたたえてその霊を祭り、同時に権力や権威の象徴として霊廟(れいびょう)を築きました。霊廟建築では、そのような目的から豪華さに特別な配慮がなされ、彫刻や華やかな彩色がいたるところで用いられました。


その霊廟建築の頂点となるのが家康を祭る日光東照宮です。東照宮は日光の地形を生かし、本殿や拝殿を始め、経蔵、神庫、五重塔、鐘楼など、神仏両式の建物が参道から視覚的に映るように建てられました。これらの建物の性格や配置は、宗教的建築としては過去に例を見ない新しい様式を作り出すこととなりました。


日光東照宮 陽明門

▲日光東照宮 陽明門

陽明門の彫刻と彩色

▲陽明門の彫刻と彩色

日光東照宮 唐門と拝殿

▲日光東照宮 唐門と拝殿


霊廟建築の頂点に立つ東照宮陽明門。豪華絢爛な彫刻と華やかな彩色が視覚的効果を高めてい ます。
日光東照宮は、本殿と拝殿とが石の間(ま)でつながる権現造り(ごんげんづくり)の様式で建てられています。


清水寺本堂や延暦寺根本中堂

この時代の寺院建築は復古性が強く、従来の様式を踏襲して建てられました。構造部分となる柱や梁などは太くて量感があるにもかかわらず、細部の意匠は地味で落ち着きがあるなどの特徴があります。

清水寺 本堂 (京都市)

▲清水寺 本堂 (京都市)

延暦寺 根本中堂 (滋賀県)

▲延暦寺 根本中堂 (滋賀県)


江戸時代には、それ以前のさまざまな建築の知識が蓄積されるとともに建築技術も進歩し、また材料の供給や請負の体制も整備されたことで、質のよい建築物が建てられるようになりました。そういった状況下で、戦国時代に焼失した東大寺大仏殿が1705年に大仏様(だいぶつよう)で再建されました。

萬福寺

黄檗宗(おうばくしゅう)は、1654年(承応3年)の隠元(いんげん)禅師の来朝を期に全国に広まって寺院が相次いで建てられました。これらの寺院は中国の明朝様式が取り入れられ、伽藍(がらん)配置が左右対称形となるなど、それまでの日本の寺院とは異なった趣となりました。

萬福寺大雄宝殿は、基壇上に建って腰高で、比較的急勾配の大屋根が特徴です。

萬福寺 大雄宝殿 (京都府)

▲萬福寺 大雄宝殿 (京都府)

学校建築

江戸幕府は儒教(じゅきょう)を保護し朱子学(しゅしがく)を奨励するなど文教を重んじ、これにならって各藩でも学問がさかんになりました。当初のように儒教が藩主のためのものだったころには書院が使用されていましたが、生徒数が増大するようになると広間を持った講堂が建てられました。

閑谷(しずたに)学校(岡山県)

▲閑谷(しずたに)学校(岡山県)
1670年(寛文10年)創設

閑谷学校 講堂

▲閑谷学校 講堂


一般的に官学校や藩学校などでは、講堂とともに儒教の祖である孔子を祭る聖堂が中心的な建物と して建てられました。

桂離宮

「桂離宮」は1615年〜1625年頃、八条宮智仁(としひと)親王の別荘として建てられ、1883年以降に離宮となりました。数寄屋造りの書院には、回遊式庭園が配され、庭園内には、複数の茶亭が設けられています。


桂離宮古書院と月見台

▲桂離宮  
古書院と月見台
(つきみだい)

清水寺 本堂(京都市)

▲清水寺 本堂(京都市)

桂離宮 古書院(こしょいん)御輿寄(おこしよせ)と真の飛石(しんのとびいし)

▲桂離宮 古書院(こしょいん)
御輿寄(おこしよせ)と
真の飛石(しんのとびいし)


桂離宮 庭園と池にかかる土橋

▲桂離宮 庭園と池にかかる土橋

桂離宮 庭園と茶亭の一つの松琴亭(しょうきんてい)

▲桂離宮 庭園と茶亭の
一つの松琴亭(しょうきんてい)