多賀城市タウン情報/ご当地あれこれ検索|ホームメイト

多賀城市のタウン情報/ご当地あれこれ検索では、多賀城市の歴史や主要産業をはじめ、人気の観光スポットや祭り、イベント情報など、宮城県多賀城市に関する情報を集約しています。
多賀城市内で賃貸物件をお探しの方など、多賀城市の特徴(特色)をまとめて知りたい方は、ぜひご活用下さい!

施設名称 多賀城市役所
所在地

〒985-0873

宮城県多賀城市中央2丁目1-1

電話番号

022-368-1141

公式サイト https://www.city.tagajo.miyagi.jp/index.html

多賀城市(たがじょうし)は、宮城県のほぼ中央、太平洋沿岸に位置。市の南部には工場地帯が形成され、西部地区の平野には広大な田畑が立地しています。市域をJR東北本線、JR仙石線が横断し、2016年(平成28年)には三陸自動車道「多賀城IC」も完成。鉄道や道路などの交通網が整備された結果、仙台市中心部へは電車を使って約20分でアクセス可能になりました。そのため仙台市への通勤者が多く住んでおり、ベッドタウンとして発展しています。奈良時代から平安時代まで、この地には陸奥国府、鎮守府が置かれ、東北の政治・文化・軍事の中心地として機能しました。市名の由来も、国の特別史跡に指定されている「多賀城跡」から。市内にはその他にも数多くの史跡が残り、歴史ある街として知られています。

多賀城市の基本情報

市の概要

市の位置
市の花 アヤメ
市の木 サザンカ
市の鳥
国際友好・姉妹都市

多賀城市の周辺地図

多賀城市役所

多賀城市の歴史と歴史人・著名人

多賀城市
の歴史
多賀城市の地では縄文時代の遺跡が見つかっていることから、縄文期には人がすでに住み、弥生期には稲作が行われていたと推測されています。
奈良時代の724年(神亀元年)には、公卿「大野東人」(おおののあずまびと)によって多賀城が築城され、多賀城周辺は、古代東北の政治・文化・軍事の中心地として発展。
その政庁は東西103m、南北116mの規模を持ち、重要な政務や儀式が執り行われました。
今日では奈良県の平城京跡、福岡県の大宰府跡とあわせて日本三大史跡のひとつとして国の特別史跡に指定されています。
鎌倉時代以降は、幕府から赴任した役人達の一族が戦国時代まで統治。
戦国時代末期には、この地の有力戦国大名であった伊達政宗に従属し、江戸時代は仙台藩の一部となります。
これにより、多賀城市の地には伊達家の家臣「天童氏」が拠点を置きました。
明治時代になると近代化が進み、1889年(明治22年)に13村が合併して「多賀城村」が誕生。
戦中の1942年(昭和17年)には海軍工廠が進出し、軍事都市として機能を果たしました。
戦後は、1951年(昭和26年)に町制が施行され、1971年(昭和46年)に「多賀城市」が発足しています。
市の歴史人・著名人(出身者)
安藤みのり(タレント)、石森太二(プロレス)、太田裕哉・平沢大河(野球)、千葉雄大(俳優)、藤田夏未(バレーボール)、板橋興宗(僧侶)、郷古廉(ヴァイオリニスト)、吹谷しのぶ(アナウンサー)、宮澤茉凜(ギタリスト)

多賀城市の日本一

貞山運河(日本一長い運河)
政宗が育んだ“伊達”な文化(日本遺産)
女性平均寿命ランキング宮城県内で1位
多賀城跡・多賀城碑(日本三古碑の一つ)

多賀城市の農業・水産業

多賀城市は東西に長い長方形状になっており、東側の一部は太平洋に面し、市域の中心を砂押川が流入しています。また、西部から南部にかけては平野で北東部は緩やかな丘陵地です。市域最北部には市のシンボル「多賀城跡」があります。

農地は主に西部に多く、古くから稲作が盛んでしたが、近年は宅地開発が進み農地は減少傾向にあります。しかしそんななかでも農業関係者の活動は非常に活発。市内では古代から稲作が盛んであった背景を利用し、古代米の栽培を行ってきました。原種に近い品種を、伝統的な栽培方法で育てており、PR活動に力を入れています。また、新しい商品開発にも積極的です。

一方、水産業はあまり盛んではありませんが、南部の沿岸部で近海漁業や海苔の養殖が一部で見られます。

多賀城市の工業・産業

古代から近世にかけて農村・漁村が広がっていた多賀城市には、第二次世界大戦時に海軍工廠が進出。これにより市域の25%を関連施設が占める軍の街になり、田畑も強制的に軍用地に転用されました。

戦後になるとそれらは平和産業へと転換。軍施設跡地を工業団地に転用し、1964年(昭和39年)に当時の多賀城町を含む仙台湾地区が新産業都市に指定されました。周辺地域は農水産業が盛んなことから、食品加工業を中心に工場が立地するようになります。市の製造品出荷額においては電子機器や食料品などの製造業が多くを占有。食品加工業は主力産業になっており、宮城県のご当地グルメ「牛タン」や「蒲鉾」の製造も盛んです。市内にある蒲鉾製造工場は、日本有数の観光地「松島」が近いことから、観光客向けの工場見学や蒲鉾製造体験を実施しているところもあります。

多賀城市の商業・サービス業

多賀城市は市内にJR東北本線やJR仙石線が走り、南北に三陸自動車道が縦断しています。行政や商業の中心地は、市域中心を流れる砂押川を境にした北部です。また、砂押川南側の工業地帯を通る国道45線、県道23号線沿いには飲食店や量販店などのロードサイド店舗が点在しており、このエリアには市内最大規模のショッピングモールも立地しています。

郊外型の商業施設が多く、中心市街地が形成されていないことから、「へそのないまち」と呼ばれるのも多賀城市の商業の特徴ですが、市役所の最寄駅であるJR仙石線「多賀城駅」周辺の再開発が進められています。駅前には再開発ビルも建てられ、今後の発展が期待されるエリアです。

多賀城市の観光・レジャー

宮城県の中央に位置する「多賀城市」(たがじょうし)には古く、陸奥国(むつのくに:現在の東北地方北西部)の国府(平安時代の国司が政務を執る施設を置いた都市)、「多賀城」が置かれていました。市名もそれに由来し、市内には多くの文化財や名所が残ります。

724年(神亀元年)に創建された多賀城は、奈良時代から平安時代にかけて東北の中心地として栄えました。城内の広さは約900m四方。その広大な敷地には国府の他に鎮守府や政庁などが設置され、重要な政務や儀式が行われていました。今日では多賀城跡として国の特別史跡に指定されています。

そして、城跡の一角にある「多賀城跡あやめ園」も見どころのひとつ。約21,000平方mの敷地には約800種300万本のアヤメ、カキツバタ、ハナショウブが植栽されています。見ごろは毎年6月中旬から下旬にかけて。この時期には「多賀城跡あやめまつり」が開催され、期間中は様々な催しが行われます。

JR仙石線「多賀城駅」(たがじょうえき)の北西部にある「東北歴史博物館」も人気の観光スポット。多賀城市や宮城県のみならず、東北地方にまつわる様々な展示が見られます。子供向けのエリアでは映像資料も充実しており、家族連れの方にもおすすめです。さらに、館外には石巻市から移築された「肝煎」(きもいり・現在の村長格)の住宅も展示。1769年(明和6年)に建てられた物で、当時の農村の暮らしを肌で感じることができます。

多賀城市の人気の観光スポット(観光地)

多賀城市の城・寺院・神社

  • Web動画旅行 多賀城市
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  • 日本の観光スポット100選

    「一度は行きたい!日本の観光スポット100選」では、観光地をエリア別でご覧いただけます。

  • 【旅探たびたん】ご当地グルメ

    代表的なグルメとその料理が食べられる人気店をご覧いただけます。

多賀城市の特産品・酒

おもわく伝説・多賀城桜(地酒)、多賀城納豆、多賀城味噌、古代米「紫黒米」、長十郎梨、豊水梨、りんご、カトレア、洋ラン

多賀城市の上場企業・上場会社